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太田愼吾

編集長 : 太田愼吾
 二級建築士、宅地建物取引士
 住宅の企画・設計・施工管理
 静岡県中部の島田市で
 工務店に勤務

 

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大工職と鳶職 歴史をさかのぼってみると意外なことがわかった
■□ 建築業界のヒエラルキー? □■

以前、何度か記事にも書いたと思いますが私太田は高い所が大の苦手です。
ですから高いところに上っている奴を見かけると「ほーう。」と感心します。

鳥人今日は「Oさんの家」の現場で電気工事屋さんがテレビアンテナのポールにアンテナ本体を取り付けているのを見かけ、うれしくなって画像に納めました。

まるで正月の鳶(とび)の曲芸「はしご乗り」のようではありませんか。季節は秋。天高く馬肥ゆる秋。実るほど頭をたれる稲穂かな。全然関係ない。

とっておきの1枚を撮るから「鯉のぼり」みたいに横になってくれと頼みましたが駄目でした。残念です。


コバヤシ建築 上棟 仮設足場この画像もやはり「Oさんの家」の現場で、上棟時の仮設足場を組んでる途中、するするっと一本の柱を登っていく鳶(とび)さんです。このときも感激したので画像に納めたのでした。


ちょっと気になって「鳶職」について調べたんですが、このWikiによる文化論的「鳶職」考は最高でした。高いところが得意な人達というわけではないのです。安土桃山時代から城普請が盛んになり織田信長や豊臣秀吉らによって城郭の石垣構築にも携わるようになった技術者集団に穴太衆(あのうしゅう)というものがあるらしいのですが、徳川の時代に入って家康によって城作りを禁じられると、この人達が曳き屋に転業したと。鳶職と呼ばれる様になったのは江戸時代以降らしいですね。
では大工職というのはどうだったのでしょう?気になるところです。宮大工と町大工はどうやら発生がぜんぜん違うようです。

とび職についてWikiからちょっと抜粋引用させていただくと

【鳶職(とびしょく)】

●一般的に建設業で、高い所での作業を専門とする職人を指す。
●建築現場の職人の間では、高所を華麗に動き回る事から「現場の華」とも称される。
●棟上の時、梁から梁へ文字通り飛んだので鳶といわれる。
●自治の場で町鳶は冠婚葬祭の互助活動などや消火活動(町火消)、祭礼(山車・神輿の作成)、橋、井戸の屋根、つるべや上水道の枡、木管や下水道のどぶ板といった町内インフラストラクチャーの作成、保守などを、町大工と協力して担ってきた。現代で言えばインフラストラクチャーを大工が作りイベントを鳶職が行ったといえる。
●普請においてその町に住む者はその土地の鳶職を使うのが不文律でありそれをたがえる時はそれなりの理由と挨拶が欠かせなかった。
●大相撲、歌舞伎、落語協会、花柳界と同じ伝統芸能を担う者としての繋がりも強く、襲名の時は華を添えるためによく招かれる。
●本業以外での文化的価値と多能工であることから町鳶、町大工と並び称された。

ぜひWikiで「鳶職(とびしょく)」をひいてみてください
btn040-2.gif こちらから

話は変るが映画「火天の城」は面白そうだ。
信長から安土城の築城を命ぜられた宮番匠、岡部又右衛門を西田敏行が演ずる。
ぜひ観に行かなくちゃ。

btn040-2.gif 映画「火天の城」公式ホームページはこちらから

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木の住まい コバヤシ建築


テーマ:家作り日記 - ジャンル:ライフ

日常雑記 | 23:01:07 | Trackback(0) | Comments(0)
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