投稿日:2008-08-12 Tue
■□ 地域の地震歴を学校教育カリキュラムへ取り入れろ □■今年東北地方で発生した岩手・宮城内陸地震と岩手県沿岸北部地震では共通して、地震波のうち最も強い波は周期1秒〜0.1秒と短かく、いわゆる「キラーパルス」、木造家屋などが壊れやすい周期ではなかったったことが被害が少なかった主因だと考えられています。
そのため、震度6強で想定される被害よりもはるかに少ない被害ですんだ、というのはこのブログでも繰り返し書いています。
また、これとは逆の発想として、震度を決定するアルゴリズムに問題があったので、これから気象庁では見直しをするということも前回記事にしました。これは制度上の問題でもあり、責任の所在など政治的な事柄をクリアーしていかねばなりません。
これら項目に関しては、共に市民としては受身の立場であります。地域防災または減災というレベルで我々が参加しうるのは、その地域での地震暦を基本情報として、実際にこの静岡県で予想される東海地震に対し、防災意識を高揚させる以外に手立てはありません。
■□ 地震歴が如何に重要か □■
2008年6月14日の岩手・宮城内陸地震の震源域周辺で起きた同規模の地震を調べてみると
1896年の陸羽地震(M7.2)
1897年の宮城県沖地震(M7.4)
1936年の宮城県沖地震(M7.4)
1962年 宮城県北部地震 M6.0 - M6.5程度
1978年の宮城県沖地震(M7.4)
1996年 宮城県北部地震 M6.0 - M6.5程度
2003年 宮城県北部地震 M6.0 - M6.5程度
2003年の東北地震(M7.1)
2005年の宮城県南部地震(M7.2)
などがある。
特に岩手・宮城内陸地震の2日前にあたる2008年6月12日は、1978年の宮城県沖地震からちょうど30年であったため、県主催の大規模な防災訓練や各学校・企業で避難訓練が行われた直後であった。この辺の被災者の方々の生の声をもっと報道していただきたかった。
また2008年7月24日発生の岩手県沿岸北部地震の地域においても13年前に三陸はるか沖地震を始め、過去に何度か災害に遭遇している。東北地方の住民の防災意識は総じて高く、それに対応するため堅牢な住宅が多いことも被害が少なかった一因として繰り返し報道されている。
大げさに言えば、その地域住民の遺伝子情報「DNA」に刻まれているといっても過言ではない。
■□ 転じて東海地方では? □■
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば
東海・南海・東南海連動型地震・1498年 明応地震:M8.2~8.4の明応地震(東海・東南海地震)発生後、南海地震が発生したと推定
伊勢や駿河など広い地域に津波、死者3〜4万人。
・1605年 慶長地震:東海・東南海地震と南海地震が同時に発生したとみられるM7.9〜8.0の地震。
地震動による被害は少なかったが太平洋岸で津波発生、死者1〜2万人。
・1707年 宝永地震:東海・東南海地震と南海地震が同時に発生したM8.6(日本史上最大)の地震。
この地震の49日後に富士山が噴火し宝永山(火口)ができる。
・1854年 安政地震:安政東海地震(東南海を含む)が発生し、32時間後に安政南海地震が発生した。
ともにM8.4。死者は合計で5,000人以上、余震が9年間続く。
このように約100〜150周期で巨大地震が発生しているわけだが、この後150年以上連動型地震は発生していない。また、東海地震も150年以上発生していない。
すなわち東海地方では、ここ150年間、耐震性能を保有していない建物が自然災害によって自然淘汰される機会を得ていない。
東海地震説によって、我々はあたかも地震多発地帯に住んでいるような錯覚を起こしているが事実は逆である。
同じく
「地震の年表」が『ウィキペディア(Wikipedia)』から参照できるが、ここ東海地方はここのところ地震空白地帯だということがよくわかる。☆☆ このブログでは コメント、トラックバック大歓迎です。 ☆☆
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