投稿日:2008-06-19 Thu
■□ 直販方式で勝負した積水ハウス □■前回の記事では
日窒コンツェルンの成立から敗戦後の財閥解体、その別れとして積水化学工業が成立しましたが、塩ビ管不況の中で経営方針上の問題で、社長である上野氏と後に積水ハウスの社長になる田鍋氏の間には確執が生まれてゆきます。そんな中で上野氏は積水化学の主力製品であるプラスティックの用途拡大を考え、住宅をオールプラスティックで作ることを思いついたのでした。これが昭和35年に発表された「セキスイハウスA型」です。そして同年、生産の拠点となる積水ハウス産業が設立されたということをお伝えしました。
今回の記事では田鍋氏が積水ハウスで経営上の社内改革を成功させ、日本にハウスメーカー時代を到来させたいきさつを延べます。
これは積水ハウスの創業者、田鍋健(まさる)氏が日本経済新聞社刊「私の履歴書 経済人23」(昭和62年)に詳しく延べられております。
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田鍋氏が積水化学へ籍を置きながら積水ハウス産業の社長を兼任するという形で、大きな期待を担ってスタートした積水ハウスでしたが、経営はなかなか軌道には乗らず累積赤字が資本金総額に迫るようになりました。昭和38年、ついに上野社長は積水化学の常務会を招集し住宅事業からの撤退を表明。社長である上野氏と専務である田鍋氏は経営方針上意見が食い違い、結局、上野氏自身が社長を退き、その代わりに積水化学から追い出すようにして田鍋氏が社長に就任することになりました。その後、積水化学工業の経営悪化の責任を取らされる形で上野氏は退任させられ、グループ会社の旭化成工業の専務だった小幡氏が後継し積水化学社長に就任するといった小説顔負けの社内政治が行われたようです。「正直言って、本流を外れた、という寂しい気持ちだった。」と田鍋氏は語っています。
こうして背水の陣となった田鍋氏は逆に積水ハウスで思い切った社内改革を断行できるようになりました。一皮剥けるためには、大きな危機を乗り越えねばならないといった所でしょうか。
では、このころ日本の住宅市場はどうだったのでしょう。
昭和32年から日本住宅公団が2DKを中心とする4、5階建ての鉄筋住宅の建設を始め、その後の36年ごろから大和ハウス工業も本格的なプレハブ住宅を手がけ始めています。このほか、日本鋼管、八幡製鉄(現新日本製鉄)なども、子会社を設けて、鉄骨系のプレハブ住宅に参入。これに対し、ミサワホーム、永大産業などは木質系を開発し、事業に乗り出しています。
戦後の復興が一段落し、いわゆるマイホーム需要が起こりました。当時、国産木材の不足に加え、戦死による大工職人などの不足などにより、在来工法の木造住宅では需要に対応出来なかったという社会的背景もあり、プレハブメーカーが一気に台頭しました。
この当時、ほとんどのプレハブ住宅メーカーは代理店方式で直接消費者に売り込んだり、実際に建築を手がけるのは代理店に任せていました。そこで積水ハウスの田鍋氏は「これからは販売力の時代になる」と読み、他のメーカーに先駆け、直販方式に切り替えたました。これが田鍋氏の断行です。当時、社員に対しこう説明したといいます。
「まず親類に売ろう。契約できたら、建築工事の現場監督をして、完工まで全責任を持つ。アフターサービスも完璧に請け負う。」
昭和38年といえば私が生まれた年です。45年前の積水ハウスはこんなこと言ってたんですね。驚きです。
このようにして、会社の基礎を固め、営業、技術の両輪がうまくかみ合い始めると高度成長下でさらに住宅需要はぐんぐん伸びていき会社設立10周年には東京大阪領証券取引所2部上場を果たしています。
しかし高度経済成長を20年間も続けた日本でしたが、1973年にイスラエルとアラブ諸国の間におきた第4次中東戦争を引き金に突発した石油危機は、その4,5年前から急成長してきたプレハブ住宅業界を直撃しました。そんな中で他社は軒並み値上げに踏み切りましたが、積水ハウスの田鍋氏はあえて価格を据え置いています。当時の積水ハウスは業績が好調だったこともあり、狂乱物価の中で薄利多売を選んだわけです。そしてこの読みは見事に当たりました。
そして昭和50年にはプレハブ業界最先発の大和ハウスを抜き、トップに躍り出ています。田中角栄の日本列島改造論が登場し、再び国内景気が好転すると多くの企業が土地買いに狂奔しましたが、このときも田鍋氏は「土地ではもうけない。住宅販売で利益を上げる」という経営理念を頑なに守り通しています。
少し時代を遡りますが昭和38年に業界団体であるプレハブ建築境界が発足され、田鍋氏は40年から会長を務めています。氏も語っているように当時はクレーム産業といわれたぐらい欠陥が多かったようで、当時の建設省は品質改善を図る手段として、昭和46年に宅地建物取引業法を改正し、それまで1年間だった瑕疵担保責任(雨漏りなど構造的欠陥の場合、販売会社が無償修理する)を2年間に延長しています。(こういう理由で2年間に延長されたんですか。知りませんでした。ちなみに現行法では消費者保護の観点から10年間になってますね。)これは当時のハウスメーカー住宅が一時的にせよ結果的には日本の住宅建築の質を下げてしまったということです。
この後、政治的にも大きな力を持つに至るハウスメーカーですが、次回記事へさらに続きます。
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