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なぜハウスメーカーは日本独自の文化なのか?
■□ 殖産興業 財閥解体って住宅と関係あるのか? □■

ハウスメーカーという住宅供給形態が一国の住宅市場で大きな位置を占めていることが世界的にみると大変めずらしいことはいろんな場面で語られていますが、なぜなんだろうと以前から不思議に思っていました。なぜ化学系の企業が住宅を売っているのか?って思ったことありませんか。

以前記事で「積水ハウス」と「セキスイハイム」の成り立ち、その関係について間単に書いたことがあるのですが、積水ハウスの事実上の創業者である田鍋健(まさる)氏が日本経済新聞社刊「私の履歴書 経済人23」(昭和62年)でハウスメーカーが日本の住宅市場に根付いたいきさつを詳しく述べていることを知り、掛川市立図書館で借りて読みました。日本の住宅産業史にとどまらず、戦後いかにして日本が復興し、高度経済成長を成し遂げたのか、その一端を知ることの出来る非常に面白い資料ですので、併せてここに紹介しようと思います。

歴史の勉強みたいになっちゃいますが、私は研究者じゃありませんので知ったかぶりで書くこともあります。そのことはご承知くださいね。雑学としてはかなり面白いと思いますよ。

歴史を遡ると、なんと明治維新の殖産興業政策に行き着くのですが、太平洋戦争の戦後処理である財閥解体が鍵です。ハイムの積水化学工業、へーベルハウスの旭化成工業、シャーウッドの積水ハウス、これら3社の母体は解体前の日窒コンツェルン(野口財閥)です。

江戸時代後期、鎖国体制から開国した日本は明治維新を達成しますが、西洋との圧倒的な国力の差を意識し、明治新政府は富国強兵をスローガンに、産業、資本主義育成により国家の近代化を推進し、自ら産業を興こす政策を取りました。これを殖産興業といいます。民間では岩崎弥太郎の創始した三菱や三井は政府の保護を受けて政商となり、いわゆる財閥の形成が促されました。この後、軍需景気などを背景に財閥が一国の政治を左右出来るようにまで力を持つようになりました。

日窒コンツェルンは、1908年野口遵によって設立された日本窒素肥料(日窒、現在のチッソ)を中心とする日本15大財閥の1つ。石灰窒素,硫安(硫酸アンモニウム、代表的な農業用窒素肥料),人造絹糸(化学繊維レーヨン),合成アンモニアの製造に成功し朝鮮にも進出し巨大化。工業中心の財閥を形成。設立者の苗字を取って「野口財閥」とも呼ばれていました。最盛期には従業員8万人以上、総資産250億円(現代の貨幣価値ではおよそ50兆円に相当)以上の世界第3位の化学メーカーであったといいます。

戦後、1946年に4大財閥(三井、三菱、住友、安田)に継ぐ規模の財閥や各産業で独占・寡占的地位にあった企業を対象とした財閥二次指定40社に日本窒素肥料は含まれ、GHQにより解体させられています。これにより総資産の90%近くを失い日窒コンツェルンは名目上解散しました。

ちなみに財閥解体とは、1945年より1952年にかけて行われたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領政策の1つです。「侵略戦争遂行の経済的基盤」になった財閥の解体による、第二次世界大戦以前の日本の経済体制の壊滅が目的とされる経済民主化政策です。

なんの記事なのかよくわからなくなっていました。
飽きずに次回も読んでくださいね。

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テーマ:住宅・不動産 - ジャンル:ライフ

脱ハウスメーカー志向 | 18:05:36 | Trackback(0) | Comments(0)
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