投稿日:2008-06-14 Sat
■□ 号外 宮城で30年ぶりの大きな地震 □■今から数時間ほど前の(20080614)午前8時43分ごろ岩手県と宮城県で震度6強の揺れを観測する地震ガあった。
くしくも1978年6月12日の宮城県沖地震から30年経ち、防災意識の活性化を各メディアが促していた直後であった。30年前の震災では宮城県で27人が亡くなり、1万1000人が負傷、住宅1400棟が全壊した。電気は42万、水道は9万、ガスは16万世帯で止まった。停電は最大38時間続き、全面復旧までに水道は9日、ガスは1カ月かかった。(河北新報社ウェブ版 2008年06月11日水曜日社説より)
(※注 追記: ここでいう宮城県沖地震とは宮城県沖を震源地とする地震で過去の出来事として呼ぶ場合、1978年6月12日に起きた地震を指すことが多いが、2005年8月16日に起きたマグニチュード7.2の地震を指す場合もある。)
これから今回の震災による詳しい被害状況が分かってくるだろうが、政府・中央防災会議が2006年に次に起こるであろう宮城県沖地震の被害想定では「死者は宮城で140人、北海道と青森、岩手、福島各県を含めると290人。建物の全壊被害は宮城だけで1万9000棟。」としていたが、震源が予想されていた場所とは異なり、幸いにもこのような事態には至っていないようだ。地震災害の予知はよほど難しいのだ。
実は、この1978年(昭和53年)の宮城県沖地震後、耐震設計法が抜本的に見直され耐震設計基準が大幅に改正され現在の新耐震設計基準が誕生している。これが「昭和56年の建築基準法施行令の大改正」といわれるものだ。事実、新耐震設計基準による建物は、阪神大震災においても被害は少なかったとされており、これを境に「(1981年)昭和56年以前の耐震基準の建物」という表現がされるようになってる。木造住宅の耐震改修工事が必要かどうかの一つの目安である。
この昭和53年の震災直後に当地では住宅の建て替えがかなりの数で行われているはずであり、また統計上の平均的な住宅建て替え寿命は25年から30年とされており、そのときに新築された住宅が早くも建て替えの時期に来ていたことになる。皮肉なことではあるが、この建て替え寿命が短いことが、住宅の倒壊などの被災率を下げているということもできる。逆に短期サイクルで繰り返し起こる震災が建て替えの時期を早めていたともいえるかもしれない。イギリスなどでは建て替えサイクルが70年とか80年とかいわれるけれども、地震国日本を横並びにして論じるのはどんなものか。
伊勢神宮では20年に一度社殿を建て替える「式年遷宮」が持統天皇の時代から61回、実に1300年間続けられているというが、平成24年の工事に向けて早くも準備が始まっているらしい。
ブログ記事で繰り返し述べているように防災の要は、まず住宅の耐震化だと思う。東海地震の可能性が叫ばれて30年以上経過している現在、地域の防災活動もマンネリ化しつつあり、防災訓練もすでに行事化している。経済成長が鈍化して、国内消費が落ち込む中、どのようにして防災意識を活性化していったらよいのだろうか。
宮城、岩手の皆さん、被害が最小限に食い止められることを心からお祈り申し上げます。
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