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「自分の家で死にたい」 日本文化を再構築する
■□    在宅死を再考する    □■

「家で生きることの意味―在宅ホスピスを選択した人・支えた人」柳田 邦男 (編集), 川越 厚 (編集)を読んだ。
関連する記事を読む btn040-2.gif 記事:建築家として「死」に関わる

日本が近代化を進めていく過程において医学と医療が「生と死」の文化を壊してしまったことに対する批判はマスメディアを通じて何度も論じられてきたテーマである。家族制度の崩壊とか現代教育制度のいきづまりとかいろいろある中で、特に初等学校教育の無力さを考えさせられた。こういう書籍を読むと軽々しく話題にするのもどうかと思いがちだが、とりわけ住宅建築業界の人間にとって、これからもっとも重要なテーマであることには間違いない。

訪問看護とか在宅ケアとか現実面での切り口があるように、もっと基本的人権という意味で「自分の家で死ぬ尊厳」というものについて会社の仲間とか家族、あるいは学校の場で考えても良いのかもしれない。

変に湿っぽくなるのは本意ではない。
特筆すべきは、本書第1部の「同じ画家業をして食む娘が父を在宅で看取る。」記事で、単に肉親が体験を綴ったということを超えて十分ジャーナリスティックであるし、ある意味医療関係者を勇気付ける内容ではなかろうか。この一章だけで読み応え十分であった。

家で生きることの意味―在宅ホスピスを選択した人・支えた人家で生きることの意味―在宅ホスピスを選択した人・支えた人
(2005/09)
柳田 邦男 (編集), 川越 厚 (編集)

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本文から

「人はこうやって死ぬんだよ。わかったかい?」
家で亡くなった祖母の死亡を確認しに来た川越医師は、号泣していた中学2年生の私にそう言って帰っていった。わたしにとってなんとも衝撃的な言葉だった。

約20年間の在宅ホスピス医としての経験の中で、まずかったな、と思いながら今でもそのときのことを引きずっている出来事がいくつかある

それから、亡くなられる直前の看取り方、いわゆるデス・エデュケーションといわれる問題です。昔は家で看取ることが多かったので、人の死に方というのはどのようなものかを実際に見て、その場で経験して、自然にわかっていたと思います。

伊勢さんの場合、絵を描くというライフワークをおもちで、このことは非常に重要だと思いました。死の直前まで絵のことに心をくだいていました。

こういう仕事をする前は、私は(がんだけにはかかりたくない、心筋梗塞とか急性心不全といった、いわゆる突然死だったらまあいいかな)と思っていました。

どうせ死ぬなら、がんでしっかり告知を受けて、ある程度やりたいことをやり、あるいは家族にも何か残していくというほうを選びたいと強く感じました。

参考

日本訪問看護振興財団 : http://www.jvnf.or.jp/
福祉住環境コーディネーター協会 : http://www.fjc21.org/


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在宅死 | 08:28:40 | Trackback(0) | Comments(0)
建築家として「死」に関わる
□■   終末医療と住宅建築   ■□

友人からメールを頂いた
建築家であるにもかかわらず叔父さんは自宅で死ねなかったという記事を読んでくれたのだろう。
関連記事を読む btn040-2.gif 叔父さんの「死」に際して思うこと

>・・・病院で最期を迎える人がほとんどだと思いますが、最期は病院よりも
>自宅でと考える人のために、(看護師である)嫁さんが訪問看護をしている
>わけです。すでに、50人以上の人を自宅で看取って(その場に居るわけで
>はないが)います。
>身内でなんとかならないものだろうか?と考えたときには、そのような
>サービスを利用するのも良いかもしれません。
>#世話をする人が家に居ることが大前提になりますが。

そういえば、この友人の奥さんは長年看護師(看護婦さんというと女性差別になる?!ばかなことを言うんじゃないよ!)を勤めており、父親が重度の糖尿病を患ったことをきっかけにターミナルケアの道にはいったということを何年か前に聞かされていたのを思い出した。ヒントは近くにあったのである。
実はこの「ターミナルケア」という言葉がすぐ出てきたのもメールをもらった直後、ネットで検索してみたからなのだが、ネットが構築される以前であったならば、こういったテーマについて調べようと思いついても、本屋で関連書籍を探すか、福祉の施設を訪ねるしかなかったであろうと思うと、こと「調べる」という行為がこれほど楽に、なおかつ安価になった時代もあるまいと感じ入った。

訪問看護」「終末医療」といったキーワードで検索してみると判るのだが、このテーマは当事者や医療関係者の間では確立されているのだが、一般的な扱いに関してはどうも疎んじられている感がある。
しばらくこのテーマについて建築家として何が出来るのか、このブログでも論じてみようと思う。

□■   「終末医療」に関連のあるブログを検索してみる   ■□

新潟県の津川病院長さんのブログを拝見しました。ネットに明るそうなお医者さんです。
 btn040-2.gif 「後期高齢者医療制度 訪問看護について」について

□■   関連書籍を読んでみよう   ■□

アマゾンでいくつかの書籍にあたってみたが、まず手始めにNHKを退職したのちもノンフィクション作家として活躍している柳田邦男さんの編集である以下の本を読んでみたいと思う。読み終わったら皆さんへお知らせします。

家で生きることの意味―在宅ホスピスを選択した人・支えた人家で生きることの意味―在宅ホスピスを選択した人・支えた人
(2005/09)
柳田 邦男 (編集), 川越 厚 (編集)

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在宅死 | 13:45:34 | Trackback(0) | Comments(0)
叔父さんの「死」に際して思うこと
□■ 住まい慣れた家で死にたかったろう ■□

叔父さんが死んだ。
享年80歳である。私が音楽の道で飯を食おうと決意し、田舎の大学を中退して新宿のライブハウスで修行をしているのを不憫(ふびん)に思ったのか、住宅建築の世界へ誘ってくれたのが今から20数年ほど前にさかのぼる。その当時、叔父さんは掛川でそこそこの工務店を営んでおり、大工さんが10人ほどいたのだから、地場の工務店がほとんど壊滅してしまった今とは隔世の感がある。結局この工務店は叔父さんが引退するときに廃業ということになってしまうのだが、叔父さんの息子、つまり僕の従兄弟がこの稼業を継げそうもないといった感じのときに、悪い言葉かもしれないが身代わりみたいな形で受け入れられた。その時分、従兄弟は放送作家として成功を納めつつある時で、劇団を主催したりして、その道の土台を固めていこうとする時期にあたる。その辺のことは97’週刊文春の記事に詳しい。

会社に身内を迎えて運営するというのはまことやりにくいもので、特に自分はこういう頑固で融通の利かないところがあるから、叔父さんとしても扱いに困ったことも多かっただろうと思う。その気まずさを解決する最良の選択が廃業ということだったのかもしれない。とにかく人生というのは早い者勝ちであって、私のように魯鈍に生活していては損をすることもあるということか。

叔父さんは若いころから肝炎を患って闘病生活もすいぶん長かったが、最期は老人介護病院でむかえた。私の父親もかなり以前になるがやはり病院で亡くなっている。祖母もしかりだ。こうして考えていくうちに、現代人のほとんどは自宅で最愛の家族達に看取られながら死ぬことは残念ながらかなり難しいのではないかというやり場のない悲しみに行き当たった。

確かに病院などの施設で最先端の延命医療を用い長生きは出来るようになった。それはそれで大変ありがたいことに違いないが、果たしてこうした西洋合理主義が我々に幸福を与えたのだろうか。この如何に死場所を得るかということは日本人のアイデンティティーの確立において大変重要な点であったはずである。人には死に場所として住まい慣れた住処(すみか)を選ぶ権利がある。現代においてそれを実現するためには大変な困難が伴うけれども、建築家であった叔父さんの死に際してあえて今ここへ書き記しておきたい。

僕の人生において良くも悪くも大変世話になったよ。
ありがとう。
合掌。


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在宅死 | 10:51:15 | Trackback(0) | Comments(0)